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波の間に間に
 
 少年は私のひざに突っ伏して泣いています。私はただ彼を抱きしめながら「大丈夫だよ。」というのが精一杯でした。少年と少し離れた町でやっている大きなお祭りに出かける途中、二人で電車に乗りながらこんな会話をしていました。

「あーあ。ママがもう一人赤ちゃんを産めば兄弟ができるのになぁ。」
「そうだね。でもさ、ママは思うんだけど、ほしいなって思っても赤ちゃんができるかどうかはママが決められることじゃないじゃない。君がママのところに来たわけがあったみたいに、もう一人うちに来るわけがあるんならやってくるんじゃないかな。妹か弟かわからないけどね。」
「うん、そうなんだけどさ...」

 少年は何かを思った風に話をやめました。それからほんの少したって、彼は目を潤ませながら我慢できなくて言葉を吐き出すように、いきなり話し出したのです。

「死ぬこととか考えるとさ、なんだかいつもぞくぞくして、すごく恐くなっちゃうんだよ。死んだらどうなっちゃうのかなぁとかさぁ...」

 少年はそういうと私のひざに突っ伏して静かに泣きました。私は、はっとしました。「"生まれること"から"死ぬこと"に思いがつながったんだ」そう感じた私は、ただ彼を抱きしめて「大丈夫だよ。」というのが精一杯でした。彼は彼の小さな宇宙の中で"死"という恐れに一人で向き合っている、そう思ったらせつなくて、それ以上言葉にすることができなかったのです。そのせつなさは、迫り来る恐れたちと向き合うのは自分自身でしかないということがどんなに心細いかを知った、あの日の自分のせつなさでした。私は私のひざで泣いている少年を、そしてあの日の自分を抱きしめて「大丈夫だよ。」と言っていたのでした。

 乗り換えのために私たちは電車をおりてホームに出ました。少年は少し落ち着きましたが、まだ不安そうな顔をしています。私は彼に、同じ海原に漕ぎ出した者として、生まれるということや死ぬということについて話をしようと思いました。でも、それは私が、私の小さな宇宙の中で知った、私の死生観です。聞かれてもいないのに押し売りはいけません。彼は、彼の宇宙の海に漕ぎ出して、大きな波や小さな波、冷たい波やあたたかい波、いろんな波の間に間にその答えを知ってゆくのです。ただ「そんな旅路を行くのは君一人じゃなく、皆ひとりひとりが同じだから、恐れに向き合っていくのは自分自身だけど、一人ぼっちじゃないんだよ。」私はそれだけを伝えたくて「みんなね、優しい光になるんだって。」と言って彼を抱きしめました。
2001/08/27
 
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